ネット上の名誉毀損に関する判例と解釈
●「よくもバカにしたな! 名誉毀損で訴えてやる!」
ネット上での議論が増えてきた今、いろいろと心がけておかないと厄介なことになるケースが増えてきた。「自由にものが言える」という言論の自由を、具体的な形で表現しているのがネットである。その反面、言論に伴う責任(それをすることで発生する事態に対して、誰がどう対応する義務があるか)に関する議論や前提が置き去りにされていることは確かだ。
掲示板での議論が「立場・主張の対立を言論で比較解決しよう」というものであり、ネットでの議論が(原則として)肉体の接触を伴わないものである以上、対立はつかみ合いのケンカではなく、口汚い罵りあい=誹謗中傷合戦に発展する危険性を常に秘めている。
肉体を伴う議論が行われる場合(会議など)、その議論の当事者は、互いに現実の利害関係を持っている。上司と部下、クライアントと下請け、教授と学生などなど。これらの議論は「自分の主張を通すことで何らかの利益を得るためのもの(=実用的な議論)」として行われているわけだから、主張が通った後も議論参加者同士の間には何らかの利害を伴う「関係」が続いていく。
関係が続くからこそ、言い過ぎないようにしよう、であったり、相手の顔を立てようといった、(ある種、日本的な)議論の進め方、会議の処し方が生まれてきたのだろう。
しかし、掲示板での議論は実際問題としてはこうした「直接の利害関係」を伴わないケースがほとんどだ。また、掲示板から降りてしまえば、参加者が匿名の場合、議論に伴う利害関係を継続して持ち続ける必然もない。つまり、後腐れがないということだ。
後腐れのなさは、継続した利害関係を考慮に入れた「ほどほどで妥協する」という要素を奪うと同時に、匿名であるが故の「つっこんだ議論」を可能にする。
つっこんだ議論(=論者個人同士の利害関係が絡まないという意味で、純粋議論と言っても差し支えないかもしれない)が可能になることそのものは非常に喜ばしいことだろう。しかし、「互いに相手が誰だか知らない状態で、つっこんだ議論を続ける」というが長く続くと、「痛いところをずばりと突く」→「皮肉でやり返す」→「感情的な意見の応酬になる」といった、ネット掲示板にありがちなframe(=フレーム。BBSの古語で「燃え上がる」の意から、議論が白熱して不毛な論争に発展することを指したスラング)に発展しやすくなる。
このframeがもたらす掲示板上での相互攻撃が何かといえば(システム破壊を含んだ物理攻撃以外としては)、その最たるものが「発言者個人に向けられた誹謗中傷」「掲示板主催者に向けられた荒らし行為」だろう。荒らし行為については別の機会に紙数を裂きたいので、今回の主題となる「誹謗中傷」に関連して述べたい。
掲示板上で、対立する論客の品位を貶める意図で発言されたものを「誹謗中傷」と呼ぶ。もちろん、掲示板のマナーとしても「失礼な行為」に含まれがちだが、これが「どこまでが誹謗中傷で、どこまでがたちの悪い諧謔なのか」を明確にすることは非常に難しい。なぜなら、同じジョークを聞かされて、笑い出す人間、受け流す人間、怒り出す人間が存在するように、「それが誹謗中傷に当たるかどうか」を判断するのは、発言者ではなく受け取る側に委託される性質のものだからだ。
ネットの掲示板のように、不特定多数のユーザー(パソ通の掲示板と違って、インターネットの掲示板ではなおのことで、会員制でない限り誰がそれを読んでいるかは事実上特定できない)が訪れる場所で、その不特定のユーザーすべてを考慮した慎重な発言を、100%完璧に行うことは不可能だろう。(仮にそれが実現できたとしても、すべての人間に個人の努力で同様のことを徹底させるのは不可能だし、運営者が不快用語を言葉狩りしていくことも、議論の幅を狭めるという意味ではあまり建設的とは言えない)
ここで、匿名掲示板での白熱した議論の最中に、対立する論客がこう叫んだ。
「よくもオレのことをバカにしたな。誹謗中傷だ。名誉毀損で訴えてやる!」
●名誉毀損とは?
さて、名誉毀損とはなんだろうか。
文字通り解釈するなら、「名誉を毀損すること」「他人の名誉を、別の人間が故意(未必の故意も含まれるようだ)に貶めること」「それによって、社会的信用を失墜させ、何らかの損害を与えること」を指す。
名誉毀損については民法・刑法の双方で定められている。
というより、モノとしてはこのあたりに抵触してくるものらしい。
◆刑法34章
(名誉毀損)
(公共の利害に同する場合の特例)
(侮辱)
◆民法
●名誉毀損が成立する条件は?
では、「法律に書いてあるんだから、他人の悪口を言えば罰せられる!」というものかと言えばそうでもない。名誉毀損が成立するためには、いくつかの条件がある。以下は、ネット掲示板での名誉毀損関連訴訟の草分けとして有名な、ニフティ裁判での裁判所判断(これはネット訴訟を考える上で非常に有名な判例で、法学生の論文のテーマにもよく見受けられる)
まず、(1)の誹謗中傷(侮蔑行為)が実在したかどうか。これはログも残るし証言も集まることから、証明されるだろう。
次に、(1)によって原告が社会的信用を失ったことが証明されなければならない(2)。ここでの社会的信用というのは、「実名を使って、働き、暮らしている、実社会での名誉と信用」を意味している。民法というのは、実社会での社会生活を調整するために制定された法律なわけだから当然といえば当然なのだが。
だから、ネット上で誹謗中傷を受けた場合で、原告(=被害者)が実名の場合(=その名前が、本当に社会生活上使われている実名であることが証明可能な状態にあり、それが広く知られている場合)は、ここで名誉毀損が成立する可能性が生まれる。タレント、政治家、財界人など、不特定多数に対してプロフィールが公開されているような人物に対する誹謗中傷は、芸名であったとしても社会生活を送る本人と容易に結びつけることができるので、名誉毀損は成立する、ということだ。
続いて(3)は、「風が吹いたら桶屋が儲かった理由を証明せよ」みたいなもので、「風が吹く(=誹謗中傷)」と「桶屋が儲かる(=その利益損益)」の因果関係が説明できなければならない。この因果関係の説明というのはなかなか立件するのが難しいものだそうで、ここが焦点になる名誉毀損裁判も多いようだ。
さらに、ネット掲示板での名誉毀損話でキモとなるのが(4)。
自分が介入できない場所で勝手に名誉を毀損された、しかも自分にはそれに対して反論・撤回を訴える手段がない。そもそも名誉毀損を裁判所に訴える、というのはそうした「失われた【社会的名誉】を回復するチャンスを与える(刑)」「名誉が失われたことで【実生活の金銭・物品に出た損害】を取り戻す(民)」という目的のために行われるものだ。
掲示板での議論で、誹謗中傷を受けた人間が同じ掲示板で発言中だった場合、技術的にはその場で反論が可能だ。(言いたい言葉が思いつかない、というのは反論不能な状態とは違う)誹謗中傷に誹謗中傷でやり返すような状態(=frame)の場合、明らかに反論の機会が与えられており、また原告も被告も「相互に誹謗中傷を行っている」ということから、「一方のみの訴えに基づく法的解決にはふさわしくない」とされている。
結論すれば、ネット上での匿名の議論(相互に対等な立場で、お互いの社会生活上の実名・社会生活について知らない状態で発言し合っている)においては、
よって、「匿名掲示板の発言者同士による名誉毀損裁判は成立しない」ということになる。
●こんなケースは名誉毀損?
◆掲示板管理人が発言者を名誉毀損で訴える!?
ここで「匿名掲示板というのは2ちゃんねるみたいなところのことだろう? 自分は個人運営の掲示板の管理人で、IPも取ってる。オレを誹謗中傷した個人を特定できるぞ!」というケースもあるだろう。
つまり、掲示板管理人vs発言者で、管理人が発言者を訴えるというケース。
IP(リモートホスト)というのは、アクセスプロバイダを使用しているユーザーを特定するための要素として知られているが、IPがわかれば「何日の何時に、このIPからアクセスしていたのは誰か?」を知ることは可能だ。これを利用して、ネット犯罪者の捜査にも使われている。が、そのためには普通はアクセスプロバイダの協力が必要だ。
IPと、そのIPを利用している個人の因果関係はアクセスプロバイダの名簿との突き合わせが必要になるからだ。そのため、警察が捜査する場合でも外から勝手に警察がIPを調べて……というのではなく、アクセスプロバイダの協力がなければ不可能。IPがあったからどう、という話はこの場合結びつかないだろう。
ただ、掲示板管理人が自分の身分を明確にしている場合で、誰にでも掲示板管理人の社会的実名がわかるようにされており、社会的実名として公開された名前の信憑性が明らかにされている場合、その掲示板管理人に対する誹謗中傷が社会的生活を脅かす可能性が僅かながら残る。
もちろん、掲示板管理人は誹謗中傷発言を削除する権限(=名誉を自力で回復する特別な権力)を持っているわけで、その権力を十分に行使しないで裁判所に訴え出るのは逆に「管理責任を果たしていない」と問われる可能性がある。
◆発言者が掲示板管理人を名誉毀損で訴える!?
前述したニフティ裁判や、一連の2ちゃんねる裁判はこれに当たるかもしれない。
これは、掲示板管理人によって誹謗中傷された発言者が、管理人を名誉毀損で訴える……というものではなく、他の発言者によって誹謗中傷を受けた(と感じた)原告・発言者が、「管理人は誹謗中傷をしている他の発言者の発言を放置している。管理責任を果たしていない」という理由で訴えるケース。
青森ニフティ裁判では、管理会社であるニフティは「悪口を言った発言者」のプライベート情報(実名など)の公開を拒んだため、原告は管理会社であるニフティを「管理行き不届き」な被告として訴えた。
この裁判では、ニフティ(=なお、現在のアクセスプロバイダ@niftyではなく、パソコン通信時代のNifty-Serveのこと)は会員制(ID制)であり、匿名ハンドルとIDの因果関係から個人を特定できるとして、誹謗中傷があったことは認められた。また、原告は同じフォーラムで発言をしており、反論をするチャンスと能力は十分にあり、原告も同じレベルの誹謗中傷をしていることなどから、被告に対する名誉毀損罪は成立せず、管理会社の管理責任は問えず、2001年8月の判決では原告の訴えは棄却された。
……と地裁判決文を元に書きかけたのだが、ニフティ裁判にはもうひとつ同様の訴訟がある。こちらは便宜上東京ニフティ裁判とするが、こちらでは原告女性の訴えが認められ、被告は有罪(50万の罰金)、管理会社の義務は明確にされたものの、ニフティのSYSOPは管理義務を果たしているということで、管理会社ニフティには名誉毀損は適用されなかった。
◆発言者が他の発言者を名誉毀損で訴える!?
ニフティ裁判では、原告の訴え「掲示板で誹謗中傷された」は侮蔑罪として成立したと述べた。これをもって、「掲示板での名誉毀損は成立する!」と早合点してはいけない。
なぜなら、ただし、ニフティ裁判については「IDとハンドルの関連性が容易に証明できる」という点が、現在のインターネットが置かれた状況と大きく異なる点であることに注意しなければならないからだ。
ニフティのIDとハンドルの関連はそのままネット内での個人特定が管理会社にも(またはケースによっては一般参加者にも)可能だったが、インターネットのハンドルは、ニフティのIDのような個人特定は、管理者側からも発言者同士でも不可能。
となると、匿名ハンドル名だけで議論が進行する限りは、発言者が互いに相手の社会的身分を特定することは(ブラウザを使った通常の操作だけでは)不可能ということになる。つまりは、名誉毀損が成立するための必要条件であるところの「実社会での社会的名誉」「実社会での金銭的損失」との関連を証明することができない。
このため、相互に匿名だけを使っている掲示板は、それが巨大であれ個人運営であれ名誉毀損で相互を訴えるための案件が揃わない。
よって名誉毀損は成立しない。
●判例・ニフティ裁判
◆2001年8月27日(青森ニフティ裁判)控訴中
「会議室での発言は名誉棄損にあたらない」と述べ、原告の訴えを棄却
http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/archive/200108/27-2.html
◆2001年9月5日(東京ニフティ裁判)
http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/archive/200109/05-1.html
※上記2件は混同されやすいのだが、訴えの理由も異なる別の訴訟。同じ年の8月に原告棄却、9月に高裁で原告勝訴となっているため、「やっぱり名誉毀損はまかり通るんだ!」となりそうではあるのだが、発生状況、発生時期、内容、原告/被告はそれぞれまったく異なり、裁判長も(当然ながら(^^;))別。どちらも一審が東京地誌だったため、ますます混乱しそうなのだが、青森ニフティ裁判は98年、東京ニフティ裁判は94年と、4年近い隔たりがあり、発生状況の違いを考慮する必要がある。
●判例・2ちゃんねる動物病院裁判
◆2002年6月26日 東京地方裁判所 平成13年(ワ)第15125号 損害賠償等請求事件(判決文)
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/$DefaultView/2075F93E3210745849256BED0030F3EF?OpenDocument
◆2002年7月16日 動物病院名誉毀損裁判2ちゃんねる敗訴について(概要)
http://bbsnews.3nopage.com/log/020716.html
※2ちゃんねるは、さらに名誉毀損と損害賠償でDHCから「6億円払え!」という訴訟も起こされている。
http://news.2ch.net/liveplus/kako/1023/10232/1023235706.html